アスペルガーの皆さんにとって生きる喜びはどのようなものでしょうか?
私にとって今まで生きる喜びは、「他者からの承認欲求が満たされること」です。
私は、「自身が何をやりたいか?」より、「何をすれば他者が認めてくれるか?」 をとても重要視する傾向にあるのです。アスペルガーの人は一般的に、自分のやりたいことを突き詰める傾向にあるかと思いますが、私は違います。他者、特に定型発達者により、承認されることが私の喜びなのです。逆に、批判・否定されると、この世の終わりの如く絶望してしまいます。
他のエントリでも書いてますが、私は「アスペルガー星より地球という定型発達者の星に来た旅行者」だと思ってます。
私は、35年間生きてきた中で、スポーツ・音楽・乗り物・仕事と、興味を持ったことには取り組んできましたが、それぞれのことについて、私は少しでもできてしまうと満足してしまうのです。もちろん、手先の不器用さや理解力の不足などがあるため、常人のレベルまで出来るようになるまでかなりの努力を要するのですが、努力の結果、人並みにできてしまうと、それ以上できるようになろうとはせず、飽きてしまうのです。
例えば、大学時代は軽音楽サークルでバンド(パートはギター)をやってましたが、普通にバンド演奏ができるレベルになってしまえば、それ以上極めようとは思わないのです。大学時代は、バンドマンであることが、一定程度形になると、今度はアルバイト(居酒屋)にのめりこみましたが、これまた一定程度店の中核人材となってしまうと飽きてしまうのです。
先ほども申し上げた通り、アスペルガーの能力なので、「普通にバンド演奏ができる」「アルバイトで店の中核人材になる」までには相当の時間が掛かる訳ではありますが。私は、当初常人レベルになるまで時間が掛かるので、「常人レベル」になった瞬間満足してしまうのでは無いかと思ってました。(つまり、始めた時のレベルが低いため、成長後のレベルが常人レベルであっても、成長度合いで満足してしまう)
上記の理由も一つではあると思うのですが、最近では、私が地球生まれなのではなく、あくまで「アスペルガー星から来た旅行者」であることが最大の理由であることに気づきました。
私はあくまで旅行者であるため、バンド演奏もアルバイトも、あくまで旅先における「アトラクション」に過ぎない訳です。皆さんも旅行やテーマパークに行って、様々な「アトラクション」を楽しまれるかと思いますが、「アトラクション」を本気で極めようと思うに至る人はごく少数でしょう。アトラクションはあくまでアトラクション、つまり娯楽であって、極めるものではないからです。
私は今まで、定型発達者が楽しんでいることにはだいたい手を出してきましたが、心から楽しめる瞬間は、定型発達者の皆さんと「仲間になれた」と感じられる瞬間です。つまり、周囲から見て「それっぽく」定型発達者に溶け込めることが私にとって重要であるのです。
そうなると生き方は、「広く浅く」にならざるを得ません。
一つ一つのことにのめりこむということは、ある特定の人々の賛辞を得られるかもしれませが、その分失う承認が大きいからです(一つのことにのめりこんでいる人というのは、その道のスペシャリストとして限りない賛辞を受けられる反面、定型発達者の世界ではいわゆる「オタク」という扱いになる可能性が高く、リスキーであるからです)。
会社員として、10数年働いてきましたが、総合職としての採用のため様々な職種を転々としてきました。
システムエンジニアとしての自分、営業としての自分、企画としての自分。
全て「それっぽく」演じてきましたが、35歳の私が次に演じなければならないのが、「管理職」としての自分です。
アスペルガーにとって「管理職」は鬼門であるといいます。
複雑な人間関係や利害関係の調整が主業務となるからです。
今まで、シングルタスクのアスペルガーとして色々な役割を演じてきましたが、様々な役割の複合体である「管理職」は演じられるのか?不安でしょうがありません。
しかし、私は「宇宙から来た旅行者」であるため、それほど悩む必要はありません。
「管理職」であっても所詮は「アトラクション」に過ぎないのですから・・・
読んでいただき、ありがとうございました。

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