「いつ死んでもいい」という心持ち

アスペルガーの皆さんは「死にたい」と思ったことはありませんか?
人生で一度や二度「死にたい」と思うことは、割と一般的なことかもしれませんが、私が過去に死にたいと思った回数はとても数え切れません。
最近は、若くして亡くなった人のニュースなどを聞くと「可哀想」というより、「羨ましい」と思ってしまいます。
じゃあなぜ生きているかというと、やはり痛みが恐ろしいという点に尽きます。
死に痛みが無ければとっくに逝ってしまっていると思う自分が恐ろしいです。

精神医学で「希死念慮」という言葉がありますが、自身にとって最近はもはや片時も自身から離れない代物になってしまっています。

以前は、辛いことがあったときに希死念慮が湧いてくることが一般的でしたが、最近は自分の脳内に常駐しているのを感じます。
転機となったのは、昨年、社内で管理職に昇進してからです。

理由としては、プロフィールでも紹介している通り、私は自分を「地球旅行に来ているアスペルガー星人」だと思っていますが、旅行者として経験したいことを一通り経験してしまったからだと思っています。私はASDとして、幼少期から周囲との違いは感じつつも、「いかに自身を定型発達者に近づけるか」を目指してきました。

運動は全くダメでしたが、幸いにも勉強は平均以上できて、外見も人並みに産んでもらえたので、行動や思考を頑張って周囲に合わせることで、大学進学・恋愛・大手企業への就職・結婚と、人生で一通り経験したいことは30歳ごろまでに全て経験できました。

ただ、その時点で人生で経験したかったことが、あと一つだけ残っていて、それは組織の「長」になるということでした。
自分は運動が全くダメで、状況把握力やリーダーシップがない無気力アスペなので、部活やサークルで、キャプテンや幹事など、何かの役職につけたことがありません。そのことについてコンプレックスがあり、会社では最低限管理職(つまり課長)を経験したいと思っていました。

そして、同期よりかなり遅れてしまいましたが、念願かなって昨年管理職に昇進することができ、慣れないながらも、「長」になれたという喜びでなんとか一年は頑張ってやってこれました。しかし、管理職のストレスというのは想像以上のもので、人事・評価・勤怠・コンプライアンスなどの部下の管理に加えて、課全体の営業ノルマを詰められるプレッシャーは、一般社員とは全く比べものにならないストレスでした。
それでも定型発達者と同等に管理職になれたことがとても嬉しく、1年間は何とかがむしゃらにやってきましたが、最近は電池切れを感じています。
とてもこのまま定年まで、カウントダウンというには長すぎるあと25年を、ひたすら耐えるだけで乗り切っていける自信がありません。

ストレスがあっても、「人生で経験したいことを全部経験したい」と思っていた時期はまだ頑張れたのですが、大学進学・恋愛・大手企業への就職・結婚・管理職と、自身が人生で経験したいことは全て経験してしまったので、自分にはもう目指すものがありません。
目指すものが無い中で、日々ストレスに晒されるというのは想像以上に辛いものです。

この先何を支えに生きていくか、を決定するというのが私の喫緊の課題となっています。
やはり、希死念慮の要因の大半は「会社」なので、もはや会社に頼らない人生を模索しないといけないのかもしれません。
アスペとして40年間、定型発達者に適応した人生を送ってきましたが、ずっと続けるのはやはり自分には無理だったということでしょうか。
そうなると、「起業」か「フリーランス」ですが、自身の無気力ぶりだと早晩餓死することになってしまいそうなので、まずは「副業」ぐらいから始めて、会社に依存しない人生を目指していきたいと考えている今日この頃です。
最近は、会社でもダイバーシティの推進に向けて、副業やダブルワークを推奨する環境になってきたので追い風かもしれません。
何をやるか?が全く思いつきませんが・・・

「会社」というのは無気力アスペにも日々やる事を課して収入を与えてくれるので、意外とアスペに適した環境かもしれないなぁと思ったりします。
その代わり、定型発達者に適応して生き抜くのは尋常なストレスでは無いですけどね。。

あと、「死にたい」ではなく「いつ死んでもいい」と考えるのが大事だと気づきました。
「死にたい」と考え続けているとネガティブな気持ちに陥っていきますが、「いつ死んでもいい」と思えると少し楽になれる自分がいます。
「失敗したって、いつ死んでもいいんだから」と考えることが、微力ながら自分の支えになっています。

皆様からも何か良いアドバイスがあればいただけると幸いです。

読んで頂き、ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました